『われらの誕生は眠りと忘却に他ならぬ
昇りいく魂、いのちの星は、
どこか遠くで沈んだのち、はるばるこちらへやってくる』
……ワーズワース「永世を識るの項」
英雄王の伝説――。
ある時代、ソウルエッジを使いこなし乱世を平定した一人の英雄がいた。王の王たる者として称えられた男、その名をアルゴルという。偉大なる英雄王。だが彼の息子は、父の偉大さ故、嫉妬を禁じえなかった。愚かにもソウルエッジをその手に握った息子は、瞬く間に邪剣に支配され下僕へと成り下がる。死闘の末、英雄王がソウルエッジを砕いた時、振るったその一撃は――みずからの子の命までも断ち切ってしまった。そして騒動が収まった時、すべての元凶たるソウルエッジはその姿を消していた……。
悲哀の涙を流した英雄王。だが王は知っていた。成さねばならぬことがあると。邪剣ソウルエッジはいつの日か必ず世に姿を現し、再び悲劇を引き起こすだろう。その時には、邪剣に対抗できる武具が必要となる。世の平穏を護り、みずからの罪を償うためには……「霊剣」を作り上げねばならないのだ。
当世随一の賢者の力を借り、難事に挑んだ英雄王。手元に残された邪剣の欠片を浄化し、ついには霊剣「ソウルキャリバー」を生み出した王であったが、その代償として命を失ってしまった……。
――それが、伝説の語るところである。
だが、それは果たして「真実」の姿なのだろうか? 歴史という石膏から彫り出された「真実」の像は、時には正しく、そして時には「歪み」をはらんでいる。彫像をあらゆる角度から仔細に分析し、理想的な輪郭を描き出すことのできる伝承家達も、時としてその「歪み」を見抜けぬことがある。そうして生まれた「歪み」は、時という揺り篭に育まれ、誰も知らぬうち、誰にも気付かれぬうち……永い歴史の果てまで伝えられていくのである。
ここに「真実」がある。
英雄王が儀式の場として選んだのは、かつてソウルエッジが安置され、また悲劇の舞台ともなった「栄光の塔」であった。己の命と力を賭け、王は浄化の儀を完成させる。だがすべてが終わった時、儀式の余波に崩壊しかけた塔の底で、王の臣下達が目にしたものは――力尽きた英雄王と、ソウルエッジに酷似した一振りの剣だった。そう、霊剣を生み出す試みは失敗に終わったのだった。
その結果をなかば予見していた者がいた。王に智を授けたかの賢者である。戦乱を生きた英雄王は、野心に身を焦がす一人の戦士だったのだ。誰よりも強くありたい。何事にも揺るがぬ存在でありたい、すべての頂点に立つ者でありたい……。純粋なる野心。それは悪ではない。平和という結果を生み出しえるものなのだから。だがそれは、決して善なるものでもなかったのである。
そしてまた、賢者は見抜いていた。その剣に英雄王その人の魂が宿っていることを。尽き果てたかに見えた王の意志は、その類まれな精神力と強烈な力への渇望をそのままに、剣の内に留まっているのだ。もし脆弱な精神の持ち主がこの剣に触れることがあれば……。
――危険かもしれぬ。ソウルエッジよりも。
底知れぬ力を秘めた幼き剣。今はまだ邪に染まっていないとはいえ、あまりにも危うい存在だった。だが、邪剣を打ち砕くための武具が必要とされることも事実……。迷いを重ねた末、賢者は決断を下した。英雄王の遺志を継ぐことを決意したのである。
賢者と王の側近であった少数の者達は、英雄王の魂に厳重に封印を施すと、誕生したばかりのこの剣を「霊剣」へと育て上げることを試みた。彼らが用いた宝具は二つ。すなわち、剣の力を高めるための「あらゆる力を吸収する棍」。そして、剣の力を清めるための「邪気を浄化する鏡」である。
栄光の塔にてこの事業に打ち込んだ賢者達は、かの剣を少しずつあるべき形へと導いていく。やがてそれが「霊剣」と呼べる段階にまで達した時、彼らは剣を塔より持ち出すことを決めた。いまだ霊剣の力は雛鳥のごとく弱々しい。これから途方もない月日をかけ、守り育てて行かなくてはならないだろう。そして万が一にも――英雄王の魂が解放されることがあってはならぬ。この秘密を禁忌とし代々守り抜いて行くことを誓った彼らは、使命をまっとうするため歴史の闇へと身を引いた。
そして、世の人々にはこう説いたのだ。英雄王が生み出した霊剣。その力を悪用させぬため、そしてソウルエッジの脅威に備えるため、世俗より身を隠し霊剣を守り伝えていくのだ、と……。
英雄王アルゴルの思念は眠り続けた。深い海の底に横たわるがごとく、何者にも妨げられることなく。強固な封印の呪がもたらす、死にも近い永遠の静止。そこには茫漠の宇宙にも例えるべき意識の広がりだけが存在していた。
歴史上、霊剣と邪剣が幾度ぶつかりあったか――。そのたびに深淵の眠りからまどろみの浅瀬へと漂い出るようなことが、あるいはあったかもしれぬ。だが本当の意味で彼が目覚めることは、ただ一度としてなかったのだ。
そして永劫とも思える時の果て、十六世紀。
霊剣と邪剣とがソウルズ・エンブレースという形で初めて精神的な接触を成した時、英雄王の意識は知覚した。眠りの中に立ち現れる夢の光景として、ソウルエッジの心象世界に広がる無限の乱世を。響きわたる剣戟と血しぶきの雨。戦と争いだけが永遠に繰り返される混沌の風景は、「霊剣を守護する一族」によって封じられていた彼の「記憶」を激しく揺さぶった。そしてついに――覚醒の時が来たのだった。
だがその直後、霊剣と邪剣が激しくぶつかり合い、凄まじい力の奔流が巻き起こった。魂と思念の中間であるアルゴルの意志は、その余波に弾き出されるようにして長き寝床となっていた霊剣から引き離されることになる。目覚めて間もない彼の思念は、混乱の中、それでも力を欲した。霊剣と邪剣の力を部分的に奪い取ることに成功したアルゴルは、さらに現実世界へと具現化することを望む。そして試行錯誤の末、ついにその糸口を掴んだ――。
――オストラインスブルクの地に、突如として巨大な塔が出現する。アルゴルの記憶の底に眠る「栄光の塔」が、強大な力を元に「追憶の塔」として再構築されたのだ。太古の空気に守られたその場所でならば、彼は実体として現世界に存在することができた。しかしそれは不完全な復活だった。いまや彼の肉体を構成するのは人の血肉ではなく思念そのものである。ただ塔の中でのみ得られる仮初めの姿形。それを維持するだけでも膨大な力を消耗し、いずれ奪い取った力が尽きたならば……この塔も肉体も、蜃気楼のごとく消え去ってしまうに違いない。
力が必要だった。折りしも、霊剣と邪剣が再び相対しようとしている。双極の剣を我が手に。アルゴルは直感的にそう望んだ。その意志は霊剣、そして邪剣との間に激しい共鳴を引き起こす。圧倒的な威圧感は、間違いなく霊剣と邪剣の双方へと伝わり、その持ち主達を呼び寄せるだろう……。
――来るがいい、我がもとへ。そして、我が前に力を示せ!
たぎるような闘争心が胸の内で渦巻いている。己の力への絶対的自信と、さらなる高みへの欲求。すべては覇業を成した過去の日々と変わらぬと思われた。
幾千年にわたる忘却の日々が、英雄王アルゴルの精神をいかに変質させたのか定かではない。かつて邪剣を忌避し、霊剣を望んだ意志はそこには見られなかった。ただ飽くなき力への欲求から、等しく両者を求めるのみである。だがもし、アルゴルが霊剣あるいは邪剣をその手にしたならば……彼こそは歴史上、唯一無二の使い手となるだろう。そして本能の赴くまま、再び世に覇を成さんと欲するだろう……。
「追憶の塔」を登り、アルゴルのもとに辿り着くのが誰であるのか。それを彼が気にかけることはない。その者が紛れもない強者であることは間違いないのだから。
そして、みずからの力を示したその者は――太古から蘇りし巨星とまみえることになるだろう。
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