『吾が道は一を以って之を貫く』
……孔子「論語」

 「キリク……?」
 シャンファが名を呼んだ。だが、その声は彼の耳に届いていない。

 かつてソウルエッジが引き起こしたイヴィルスパームによってその身体を邪気に犯され、邪剣との戦いへ身を投じることになったキリク。一度は霊剣を持つシャンファとともに勝利を得たが、ソウルエッジは数年を経て力を取り戻し、再び世界を傷つけようとしていた。
 だがキリクも与えられた時を無為に過ごしていたわけではない。さらなる修行を積み、邪気を浄める術を修めた彼は、ソウルエッジを浄化することを誓う。それこそが、かつて邪気に心奪われ、殺めてしまった者達への償いなのだ。

 霊剣と邪剣の戦いを間近で見た経験から、そして己の精神を鍛えながらその身にわだかまる邪気の本質を探っていった結果……彼は一つの答えに辿り着いていた。
 ソウルキャリバーもまた、ソウルエッジに極めて近しい存在なのだ。力の「方向」が異なるだけで、両者は同じ性質を持っている。霊剣と伝えられるソウルキャリバーだが、もしその力を上回る悪意によって振るわれることがあれば、邪剣と化してしまうだろう。しかし、それは邪剣もまた同じこと。肝要なのは、激しい奔流にも例えるべき両者の力を調停すること。そして互いが互いの力を打ち消し合う一点……一切の流れが静止する、鏡にも似た平らかな水面を作り出すことなのだ。

 ヨーロッパへ入ってから、何人かの者が自分達を追っていることに気が付いていた。何者かは知らないが、この戦いに他人を巻き込みたくはない。何も知らずに邪剣あるいは霊剣を追っている者ならばなおさらだ。できるだけ身を隠すよう努めてきたが……。

 

「キリク!」
 再びシャンファが声をかける。先ほどよりも鋭い口調に、はっとするキリク。
「ああ……すまない。考え事をしていたんだ」
「いざって時にはシャンとしてよ? そうでないと私、困るんだからね」
 そう言って彼女が微笑む。シャンファとは邪剣を追う旅の途中で再会して以来、行動をともにしていた。かつて霊剣を握ったこともある彼女は、ソウルキャリバーの危険性には気が付いていない。

 彼女が自分に好意を抱いていることは、いかに鈍感なキリクとて気が付いていた。そして彼もまた、シャンファに対して心の落ち着け所を得るような暖かい情を感じている。それは事実だった。しかし、彼が彼女のことを好いているというその感情は……肉親に対して抱く思慕のそれに近いものなのだ。シャンファにはどことなく、彼がかつて姉と慕った女性――シャンレンを思わせるところがある。それが何故なのか彼にも説明できなかったが、無意識のうちにシャンファの中に見出しているシャンレンの面影……それが、彼女を一人の女性として意識することを妨げているのかもしれない。
 そう、いかに鍛錬を積み、心を鍛えても、決して消えない胸の痛み。シャンファの笑顔を目にするたび、シャンレンをみずからの手で殺めたという過去を思い出さずにはいられなかった。

 それが、彼に決断させる。「両極の調停者」という人ならぬ道。霊剣と邪剣、両者の力の天秤が偏りすぎぬよう、極めて微妙な均衡を保ち続ける……未来永劫に。みずからの身体の内に巣くう邪気を生かせば、それは可能だという確信があった。彼の師であるエッジマスターが、そうやって悠久の時を生きていた。自分にも、できるはずだ。

 彼は傍らに立つシャンファに目をやった。彼女は、どうしたの? という微笑を浮かべてキリクを見返す。

 ――自分の選んだ運命に、シャンファを巻き込むわけにはいかない。

 そして……マキシ。かつて旅をともにした仲間のことを、キリクは思う。マキシとはインドで別れたきりだった。彼ほどの男が、やすやすとソウルエッジの力に魅せられたとも思えない。何か理由があるはずだ。今、どうしているのだろうか? 暗い空の下で、仇討ちというかすかな光を追い続ける姿が目に浮かぶようだった。

 

 ある夜、二人は西へと流れる流星の群を目にすることになる。美しい光の中にソウルエッジの邪気を感じとった彼らは、旅を急ぐべきだと直感した。
 決戦の地、オストラインスブルクへと近づく二人。だがキリクは、その時が来れば一人で進む決心をしていた。人としての幸せを捨て、自然の一部となる。もはや、霊剣も邪剣も人の世に影を落とすことはなくなる……。それこそが大切な人々を護るためのただ一つの手段なのだと、そう信じていた。


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