『こころおだやかに、怨むことなく、恐れることのない人、――かれこそ<賢者>と呼ばれる』
……ブッダ「真理のことば」
バングーが誇りに思えるような父親となる……。その「証」を立てるため、「ソウルエッジ」探しの旅を続けていたロック。だが探索の旅は、思わぬ障害のために中断を余儀なくされる。アルプスの山々を越えて南へ向かう途中、ロック自身をも上回る巨躯の男から突然の襲撃を受け、敗北してしまったのだ。
はるか崖下の渓流に身を投げ、からくも得体の知れぬ敵から逃れたロック。その正体や目的も気になるところだが、ともかくも傷ついた身体を癒さねばならない……。さいわい、この山岳地帯には以前も滞在したことがあり、地理地勢には詳しい。ロックは山の奥へと分け入って行くと、動物達のみが知る秘湯へと辿り着いた。しばらくの間、この場所に留まって養生をすれば傷の回復も早いだろう。
時折、やはり傷を負った動物がやってくる他は訪れる者とてない。平和なものだ。ここでは獰猛な肉食獣も、か弱い動物達を襲うことはしない。獣同士が相争うこともなく、互いの領分を守っている……。
ゆっくりと湯に浸かり、薬草を探してきては軟膏をこしらえる。傷を治すためだけの生活をしながら、ロックは少しずつ考えをまとめていった。やはり気になるのは、彼を襲ってきた相手のことだ。恐ろしい敵だった……。海の向こうの大陸では自身も「白い巨人」の異名で呼ばれたロックだが、あの「黒い巨人」は何者なのだろうか? あれは誇りなき決闘だった。ただ相手を打ち倒し、殺すためだけの戦い。あの凶暴な性質はどこからくるものなのか……。
そして、もう一つ気になること。それはかの敵の戦い方が、ロックのそれに非常に似通ったものであったということだ。ただ強靭な肉体を持ち、似たような武具を振るう、というだけではない。一体どのような理屈かは分からないが、ロックが独力で編み出したはずの戦いの技術とまったく同じ技を身に付けていたのだ。あれはまるで……そう、自分自身の邪悪な側面と対決したかのようだった。
本来、体術や闘技といったものは、どんなに似せようとしても細かな工夫や癖まで真似できるものではない。切磋琢磨して習得した技であればなおさらである。一見してまったく同じように見える木の葉の輪郭も、注意深く観察すれば一つ一つ微妙に異なる形をしている。それが自然の法というものだ。ところがあの怪物の繰り出す技の数々は、ロックのそれと「完全に」同一と思えた。
――不自然だった。
それに加えて、あの残忍な性格である。危険な存在だ。あのような怪物をのさばらせておくわけにはいかない。人にはそれぞれに課された役割、そして責任というものがある。あの「黒い巨人」は、自分が背負うべき荷なのかもしれない……。
奴と再び対決する時には、遅れを取るまい。凶悪な相手とて恐れはしない。いかに強固と見える大岩であろうとも、必ず脆い部分が存在し、的確にその一点を突けば穴を穿つことができる。自分と同じ技を使う者であれば、その弱点を見出すのも容易であろうと思われた。
決意を固めたロックは、傷が癒え四肢に力が戻ったのを確認すると、秘湯をあとにした。
「黒い巨人」を追うとなれば、「ソウルエッジ」探しの旅は一旦、諦めなければならないだろう。ロックはそう考えていた。だがほどなくして意外な事実が明らかになる。まったく無関係に思えた二つの目的の間には、思いがけない接点が存在していたのだ。
アスタロスと呼ばれるかの怪物は、オストラインスブルクを根城とする蒼騎士の配下に入り、日夜「魂狩り」と称する虐殺行為に加担しているらしい。そして、その蒼騎士こそ……「ソウルエッジ」の持ち主だというのだ。
ロックは事の成り行きに驚きを覚えるとともに、とてつもなく巨大な何か、すなわち運命の巡り合わせとでも言うべきものに自身が巻き込まれていくのを実感していた。そう、ロックにとって、それは自分の力を試し、「証」を立てるためだけの旅ではなくなりつつあった……。 |