『秘すれば花なり、秘せずば花なるべからず』
……世阿弥「風姿花伝」

 海を越え大陸へと渡った雪華。広大な大地と、多彩な人々が行き交う無数の街々。日本とは大きく違った空気に戸惑いを覚えつつも、師の仇、御剣平四郎の足跡を求めた彼女は、驚くほど容易にその手がかりを掴む。行く先々で御剣の噂を耳にすると言っても過言ではなかった。どうやら奴は、数年前と同じく「ナイトメア」との対決を求めて西へと向かっているらしい……。

 いよいよその時も近いと発奮した雪華だったが、一つ気に入らないことがあった。彼女から仇討ちの話を聞いた者達が、口をそろえてこう言うのだ。やめておけ、お前ではあの男にかなうまいと。あれは人ではない、鬼のようなものだ。命が惜しくば関わり合いにならぬことだ。
 確かに御剣にまつわる噂話は常軌を逸していた。一対一の果し合いでは負け知らずであるばかりか、十余人を相手どっての乱戦を制したといった話まである。また戦があれば雇いの兵として参加し、わざわざ劣勢の陣へ付いてより多くの敵を求めるのだという……。

 みずから死中に赴くかのようなその行為に、一体どのような意味があるというのか。人々はそれが理解できず、畏怖の念を抱くのだろう。だが雪華にとって、御剣の生き方など興味の外だった。むしろ奴が強者を求めており、自分が一人の剣士として立会うことができるのならば好都合というもの。

 ただ一つ不安があるとすれば――師を超えねば、あの男には勝てぬ。その一事のみだった。

 この剣に死角はない。この広い世界に腕の立つ武芸者が一体どれほど居るのか、それは分からないが、師より受け継いだ剣技はその中でも必ず通用するという確信があった。だが己の剣が、師のそれを上回っているかどうか……? それだけは彼女自身にも判断しかねた。

 師の言葉が脳裏にこだまする。
「お前に技を教えたのは、仇を討つためではない……」
 師が遺したその願いを裏切ることになる。それは心苦しい。だが彼女は誓ったのだ。己が身を復讐の刃とすることを。奴を斬る。そのためには人を辞め羅刹となろうとも構わない。ただ一途に生きるのが彼女の性分である。この哀しみを胸に抱いたまま朽ち果てようとも悔いはなかった。

 ――それ故に、磨かねばならぬ。

 ただ己の腕を信じ、技を磨くこと。それがすなわち、師の技を信じることになるのだ。曇りなき信念を糧に、ますます冴え渡る雪華の抜刀術。その斬撃は、かつて彼女の師が目指したであろう神速の域へと達しつつあった……。

 そして雪華は、ついに御剣の目的地を知ることになる。オストラインスブルク。奴の追う「ナイトメア」、蒼騎士と呼ばれる剣豪はその地に本拠を構えているのだという。悲願を果たす時は間近に迫っている。その予感に心を昂ぶらせ、雪華は旅路を急いだ……。


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