『私は、お前とともに天翔ける雲でありたい』
……シェリー「西風への頌歌」
また、この夢だ――。
揺らめく水面を思わせる青い光の中、一振りの剣がまばゆい輝きを放っている。風に乗った邪気は、その剣から放たれる波動によって打ち消されていく。まぶしさに目がくらみ、光をさえぎろうと手をかざす……。
夢はそこで途切れた。ソウルエッジの邪気に犯された少年を助けた際、垣間見た幻視。その剣は度々タリムの夢に現れるようになっていた。
「よう、目が覚めたか?」
声の主は少年を助けた際にしばらく生活をともにした青年、洪潤星(ホン・ユンスン)だった。彼もまたソウルエッジを探して旅をしており、タリムに同行を申し出てきたのだった。最初は彼の押しの強さに戸惑ったタリムだったが、同じ目的を持つ者同士、協力し合えるのならば損はない。それに……タリムはユンスンの方をちらりと見やった。ユンスンは切実にソウルエッジの力を求めていた。タリムは以前から邪剣の危険性を説いて聞かせてきたのだが、果たして彼がタリムの言葉を真剣に受け止めているのか……よく分からないところがある。そんな彼を放っておくなんて、ちょっと心配ではないか。そんなわけでタリムはユンスンの申し出を受け、二人で旅をしているのだった。
ほどなくタリムとユンスンはヨーロッパの玄関、イスタンブールへと入る。各地を行き交う行商人や船乗りから情報を収集していたタリム達は、海を隔てたエジプトで古代から伝わる神殿が破壊されたという噂に行き当たる。強固な石材で築き上げられた神殿が、剣による斬撃によって崩壊したというのだ。にわかには信じられない話だが、その剣がソウルエッジであるならば……ありえることかもしれない。そう考えたタリムはエジプトへ向かうことをユンスンに勧め、二人は船に乗り込むことになった。
破壊された神殿にはこれまでに幾度となく感じてきた邪気が残っていた。やはりソウルエッジによる凶行だったのだ。その威力に感心する風を見せるユンスンに、タリムは改めてソウルエッジの危険性を語った。いつもより厳しい口調で忠告したつもりだったのだが、相変わらずユンスンは取り合う様子もない。タリムもほとんど意地になって警告の言葉を並べたものの、結局はいつものようにはぐらかされてしまった。
ヨーロッパへと戻った二人の前に、ユンスンの身内である成美那(ソン・ミナ)が現れた。いつもやんちゃな所ばかり見せていたユンスンが、目に見えて大人しくなる。どうやら彼女には頭が上がらないらしい……。子供みたいにミナにやりこめられているユンスン。その様子がおかしくて、タリムは思わず笑みを漏らしてしまった。二人の間には心地の良い風が流れている。まるで仲の良い姉弟みたいだなと思った。
……しかしその翌日、ユンスンは突然姿をくらませてしまった。どうやらミナに故国へと連れ戻されてしまうと思い、夜中のうちに逃げ出したらしい。何の挨拶もなく置いて行かれたことにはむっとしたタリムであったが、あきれ顔のミナを見ていて気付いた。さしものミナも、まさかユンスンが逃げ出すとまでは思っていなかったらしい……それはつまり、彼の決心がそれだけ強いということ。ユンスンはあくまで、ソウルエッジの善悪をみずからの目で見極めるつもりなのだろう。ふう、とひとつため息をつく。仕方のない人。でも……。
「……ユンスンさんは、ああ見えても性根のまっすぐな人です。最後はきっといい方向に決断してくれますよ」
タリムはミナに請け負った。その一本気なところが、彼の良さでもあるのだ。彼女にはそれが分かっていた。
このままユンスンを追うというミナと別れ、タリムは再び一人旅に戻った。ユンスンのあとを追っていけば、やがてソウルエッジに辿り着くことができるかもしれない。だが、彼女にはその前に調べておきたいことがあったのだ。
青く輝く剣――あの幻視は一体何を意味しているのだろう? だが、その答えはなかなか掴めなかった。物知りの船乗り達や、古い言い伝えを守る老人達ですら、そのような剣のことは聞いたことがないと言う。それでも彼女は自身に宿る巫女の力を信じていた。彼女が心の内に見た光景に意味がないとは思えない。そこには何か大切な真実が現れているはずなのだ……。
ある晩のこと、胸騒ぎを覚えて目を覚ましたタリムは不思議な光景を目にする。夜空を幾条もの光が、まるで流れ星の群れのようになって西へと流れていくのだ。美しい光景ではあった。しかしタリムには空にあふれる邪気が感じられた。あれは……邪な者が、みずからと同じ闇に属する存在を呼び寄せたのに違いない。タリムは自分が持っている「邪剣の欠片」のことを思い出す。それは彼女が取り出した途端……強い波動を発すると、宙へと飛び上がり虚空へと消え去ってしまった。
吹きすぎてゆく風が不吉な予感をかき立てる。タリムは邪剣ソウルエッジの力が増したことを感じ取った。もう、残された時間は少ない。行かなければ。ソウルエッジの元へ。
その日から、タリムは毎日のようにあの幻視を見るようになった。最初清らかに思われたその剣の力はみるみるうちに強くなり、ついには周辺のあらゆる存在を打ち消すほどにまでなっていく。まるで日に日に増していく邪剣の気に呼応しているかのようだった。彼女は危ぶんでいた。これがそう遠くない未来の光景だとするならば……その意味するところは単なる啓示ではなく、ある種の警告なのではないだろうか?
あまりにも強い力は、自然の理をねじ曲げる。この世界にとって最も大切なこと、それは調和への意志なのだ。いかに優れた力が世界の調停を果たそうとも、その力そのものが平衡を失い調和を忘れてしまえば……大いなる災禍へと転じることになる。
タリムは不安げに空を見上げた。遠く千里を走り、世界を巡る風達が今、悲鳴をあげていた……。 |