『魔物よ――鳥か悪魔かは分からぬが、いずれにせよ預言者よ――
悪魔がお前を送ったのか、それとも嵐がお前をこの岸辺へと打ち上げたのか』
……ポー「大鴉」
西の空を流れゆく黒い影が視界の隅を掠める。きびすを返して東を見れば、そこには漆黒の翼を広げ、今まさに降り立とうとしている鳥の姿があった。邪剣の気に染まったウォッチャー達は、今日もその不吉な羽ばたきで世界中から情報をオストラインスブルクへと運んでくる。崩れかけた塔のてっぺんに腰掛けて鳥達の囁きに耳を傾けていた一人の少女――ティラは立ち上がった。
――あいつが来た! あいつが来たよ!
――愚かな男……。だが、もはやあの剣も役立たず。
彼女は心の内で思考を交わし、かすかな笑みを浮かべた。
感情の起伏を不安定にすることで精神の均衡を保っていた彼女はもういない。あの時、ティラはナイトメアの先駆けとして絶境の大聖堂へ赴き、その門外に控えていた。すでにイヴィル化していた彼女は、双極の剣が激突した影響を強く受けてしまった。荒れ狂う力の奔流はティラの精神を引き裂き、数多の断片と散らしてしまったのだ。だが、ソウルエッジへの忠誠心からくる生への執着は並大抵ではなかった。彼女の意識はお互いを繋ぎ止めようと似た感情同士集い、再び一つになろうと試みた。その結果、彼女は二人の人格に分かれたのだ。元々振れ幅の大きかったティラの感情は、その両端が独立した形で再構成されたのである。二つの意識。二つの思考。それはウォッチャー達が絶え間なく運んでくる情報を処理するのに役立っていた。彼女は膨大な情報をもとに、来るべき戦いにおいて、主であるソウルエッジが優位に立てるよう密かに事を運んでいた。
そして今、戦いの刻が近づいてきていることを知った彼女は主のもとへ向かった。玉座の間には、邪剣を手にした蒼騎士が腰を下ろしている。これまでになく力強きその姿。目に見えぬ邪気の「根」は城はおろか、オストラインスブルク一帯に行き渡っている。戦いの予感に昂ぶっているのだろうか、邪気に淀んだ空間の中心でソウルエッジが鈍い光沢を放つ。その姿を見て、彼女は自然にひざまずく。
ソウルエッジのもとに集う魔都の住人達を使い、ソウルキャリバーの力を削がなければならない。そして両者が相対した時、邪剣はオストラインスブルク全域を「器」と化し、その内に包み込んだあらゆる存在から精気をしぼり取る。霊剣とて例外ではない。主の勝利は確かに思えた。
その時は自分もソウルエッジの一部となるのだろう。
ふと今まで感じたことのない感情が湧く。だが彼女「達」がそれを理解することはなかった。
――ソウルエッジが全部を飲み込むんだ。そう、全部だ!
――主の力になること。それがあたしの全て。
二人のティラの間隙でわずかに生まれた「怖れ」は瞬く間に意識の水面下に押し込まれ、最期まで二度と浮かび上がることはなかった。 |