『やってみる勇気が何に対しても湧かなかったら、生きている意味って何だろう』
……ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ

 故国での修行を通してみずからの精神的なもろさを克服したシャンファ。再び邪剣と相まみえるに不足はないと確信した彼女は、シルクロードを西へと急いでいた。

 やがて辿り着いた中央アジアの闘技場で、彼女は待ち望んでいた再会を果たす。ソウルエッジを目指していけば、いずれ出会うことになる。それは分かっていた。強者が集う闘技場なら情報も集まる。互いがそう考えた結果と言ってしまえば、それまでだろう。
 けれども、こんな早く会えるなんて。キリクの胸に顔をうずめた時、こらえきれずに頬を伝った涙は彼女の胸中を如実に表していた。

 再会の喜びを分かち合った二人。旅路の途中、かつて旅をともにしたもう一人の仲間、琉球の海賊マキシの噂を聞きつけた彼女達は、一時西に向かうのをやめ、南――インドへと向かう。だが、再会の望みこそ叶ったものの……マキシは二人の前から去った。シャンファはその背から目を離せなかった。ぬぐいがたい暗い影が落ち、二人の呼びかける声をさえぎっているかのようだった。

 重い雰囲気の中、インドを発った。ヨーロッパへと入り、あの地へと向かって歩を進めていく。かつて同じ道を歩いたシャンファ達だが、今は足音が一つ足りない。不安を振り切ろうとするかのように、彼女は明るく振る舞った。だがキリクは、何か悩みでもあるのだろうか、一人思案に沈んでいることが多かった。

「キリク……?」
 シャンファはそっと声をかける。返事はない。
 もう一度、彼の名前を呼んだ。幾分鋭くなった声音に、キリクは驚いたように振り向く。どうやら彼女の声も耳に入らないほど深く考え込んでいたらしい。悩んでいることがあるなら、私に話してくれればいいのに……。彼女はちょっとすねたように言葉を継ぐ。
「……いざって時はシャンとしてよ? そうでないと私、困るんだからね」
 ――キリクも、マキシのことを考えていたのかもしれない。彼女はそう思い、西の方角へと目をやった。その後もマキシの足跡を追っていた彼女達だったが、得られる情報は少なかった。しかし、中にはマキシらしき人物がオストラインスブルクへと向かっていたという噂もあるのだ……。おそらくマキシは、仇討ちのためにソウルエッジを求めているのではないだろうか? もしそうであるならば、シャンファはなんとしてもマキシを止めるつもりだった。邪剣の力に頼って復讐を成したとて、それが彼の救いになるとは思えない。

 かつて霊剣と邪剣が引き起こした戦いの渦中へと飛び込んでいった三人。シャンファは思い出す。マキシの朗らかな気性に笑いの絶えなかった旅。頼りになる兄貴分といった彼の存在に、若い二人は幾度となく支えられたものだった。
 あれから、ずいぶん長い時間が流れた。マキシとは進む道を違えてしまったのかもしれない。いつまでも昔のままではいられないのだ……。

 それは自分達だって同じこと。シャンファは傍らのキリクを見やる。彼が自分のことをどう思っているのか分からないけれど……。彼女の心は決まっているのだ。ただ、すべてに決着が付くその時までは、それをはっきりと口に出して伝えることはできないだろう。それは二人の間に厳然と存在する暗黙の取り決めのようなものだった。

 そしてもう一つ、シャンファにとって辛い事実……不慮の成り行きから霊剣を手放してしまったこと。その隠された力を知らなかったとはいえ、あの剣は母親が遺した唯一の形見でもあったのだ。それを失ったことは、亡き母との絆が断たれるに等しかった。手に馴染んだあの感触は、今となっても忘れることはできない。けれど、だからこそ、彼女は母から受け継いだ己の武を磨いたのだ。母との絆を、より強くその身に感じようとして。

 それに――。彼女は思う。内に秘めた思いは、昔も今も変わりはしない。いや、以前よりも強い信念をもって、彼女は旅の終わりを見据えているのだ。
 邪剣ソウルエッジを止めなくてはならない。邪剣は力を増している。その被害はこの数年で甚大なものとなりつつあった。その毒牙の及ぶ範囲が、全世界へと広がるのも時間の問題だろう。
 あの時。ソウルエッジと対峙したあの時、力及ばず、邪剣を完全に破壊することができなかった。その無念を忘れたことはない。今日の悲劇は、あの時、邪剣を葬り去ることのできなかった自分達の責任でもあるのだ。

 私は、私の運命を切り開く。
 私達は、今度こそソウルエッジの息の根を止めてみせる……!

 悔悟を決意に変え、彼女は信じる道を行く。決然と顔を上げ、迷うことなく。そして邪な気に満ちた流星群が西の空へと流れた夜、彼女は知ることになる。対決の時が、もう間近に迫っていることを……。


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