『天の意に順うは、義の法なり』
……「墨子」

 貧しき民のため、世界を股にかけて活躍する義賊集団、万字党。

 世界が混沌に落ち込む時、苦しみを背負うのは他ならなぬ貧しき者達である。彼ら一党は、世の金持ちが独占する富や墓所などに眠る財宝を狙って各地で活動を続けていた。

 万字党の党首、吉光は今――ヨーロッパを望む山あいの盆地で、党員達が集結するのを待ち受けていた。

 ソウルエッジの欠片を回収するための作戦で、彼は数人の仲間を失っていた。欠片もいずこかへ消え、作戦は失敗に終わった。その際に行方の知れなくなった男――義に厚く、信頼の置ける党の幹部の一人を追って、吉光は大陸を西へと駆け、この土地へと辿り着いたのだった。

 吉光は思い返していた。この盆地に足を踏み入れた時のことを。彼が目にしたのは、月灯りに舞う一人の少女だった。鮮血に濡れた巨大な円刃を携え、夜に融ける黒翼の群れを従えた邪気の結晶……。月が雲に陰った一瞬のうちに、その姿はかき消えていた。月光の下に部下の姿を発見した吉光は素早く駆け寄る。
「御頭……不覚を取った、すまねぇ……」
 息も絶え絶えの声を漏らした男に、吉光は答える。
「……良い。姿の端も見えなんだが、あれこそはまさに人外の者。よくぞ、よくぞ生きていてくれた」
 かの少女の眼差しは異様であった。邪気が潤みを持ったかのようなあの瞳。一体、如何なる邪心が宿っているものか。数多の黒翼を率いるその狂気。かような人外の存在が邪なる剣の欠片を奪い、向かう先とは……? 彼の脳裏に浮かんだのは件の邪剣、ソウルエッジであった。

 懸命の治療を施すこと数日。一命を取り留めた男からの報告を受け、予感は正しかったことが証明される。かの少女は追いすがる男をあざけるかのようにあえて追跡を振り切らず、一度ならず挑発を仕掛けて来たというのだ。その時、彼奴の口から邪剣ソウルエッジの名が漏れたのを、男は聞き逃がさなかった。万字党でも屈指の実力を持つ男は、なんとかこの地まで相手を追ってきたのだが……不意に態度を豹変させた少女から急襲を受け、不覚を取ったという。

 邪剣ソウルエッジ。その禍々しい響き……。吉光は以前、邪剣を追った時のことを思い出す。憤怒と恐怖、そして絶望。邪剣を中心に渦巻く負の連鎖を断ち切るため、そして戦乱に脅かされる者達を守るため、万字党を創設したのだ。貧しき民を救うための努力を怠ってきたつもりはないが……やはり、災いは根元から絶やさねばならぬのか。

 傷付いた部下の養生には予想以上に時間を取られた。しかしその間、吉光は他の万字党員達を呼び寄せて情報収集を続ける。邪剣のありかやその配下と思える異形の怪物達の動き……各地からもたらされた情報を綜合、吟味した彼は、緻密かつ大胆な作戦を練り上げた。

 そして今――召集の合図を受け、部下達が次々にこの地へと集まりつつある。

 相手は魔都オストラインスブルク。狙うは邪剣ソウルエッジ。
 人に仇成す悪しき闇を討つべく、吉光は配下に次々と命を下していく。

 万字党の結成以来、かつてない大掛かりな作戦が開始されようとしていた。


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