『人生における大きな喜びは、君にはできないと世間がいうことをやることである』
……ウォルター・バジョット
小アジア中部の渓谷沿いに築かれた集落跡地で、ソウルエッジを探していたタリムと出会った洪潤星(ホン・ユンスン)。一人旅よりは二人の方が何かと都合がいい。そう考えた彼は、先を急ぐかのようにその地を発ってしまったタリムに追いすがると、なかば強引に同行を申し出た。タリムにも特にそれを断る理由はなく、二人は旅路をともにしていた。
小アジアからヨーロッパへと入ったころ、二人は海を隔てたエジプトでソウルエッジが引き起こしたと思われる事件の噂を耳にする。海路をエジプトへと向かい、斬撃によって破壊された神殿へと辿り着いた二人は、その生々しい傷跡を目の当たりにすることになった。
やはりソウルエッジが持つ力は本物だ。ユンスンは確信した。この力をもってすれば祖国を護ることもできるに違いない。そんなユンスンを見て、タリムはソウルエッジは存在してはならない世界の歪みだと忠告する。二人が一緒に旅するようになってから、もう何度も聞かされてきた言葉だった。いつも生返事ばかりのユンスンに対し、なかば意固地になって説得しようとするタリムだったが、ユンスンとしても彼女の誠意と真剣さは切々と感じており、まんざら聞く耳持たぬというわけでもなかったのだ。だが彼は……あくまで自分でソウルエッジの善悪を見極めたいと考えていた。
再びヨーロッパへと戻った二人の前に、故郷の成式道場の娘、成美那(ソン・ミナ)が現れた。
「ソウルエッジは災いを呼び寄せる邪な力なの。そんなものに頼って国を救えるわけがないじゃない」
開口一番、タリムと同じようなことを言い出すミナ。どうやら彼のソウルエッジ探索をやめさせようとしているらしい。矢継ぎ早に繰り出される小言の攻勢にはいささか閉口したユンスンだが、相手は恩師の娘であり、門下生としての先輩でもあるミナ。事実上の姉貴分のようなものである彼女には頭が上がらないのだ。おまけに腕っ節の方でもかなわないときている……。このままでは故国に連れ戻されるのも時間の問題だった。
そこでユンスンが取った行動はしごく単純なものであった。ミナたちが寝静まるのを待ち、脱兎のごとく逃げ出したのだ。今を逃せばソウルエッジ探索の機会は二度とないだろう。仕方のない選択だった。タリムに声をかけられなかったことだけが、少し悔やまれた。
さいわい、これまでの旅でソウルエッジの所在には見当がついていた。タリムがしきりにソウルエッジの気配を感じたと言っていた方角、西方へとユンスンは向かう。果たして旅路を行くにつれソウルエッジに関する情報は増えていき、やがてそれは実際に目にすることができる形となって現れた。ソウルエッジを持つと噂される者、強大な力を持つ蒼騎士が引き起こした惨劇とその傷跡の数々である。やはりソウルエッジは邪剣なのだろうか? いや、ソウルエッジではなく蒼騎士本人が邪悪な人間であるということも考えられる。武器はあくまで道具。使い手次第でいかようにも性質を変えるものではないだろうか。破壊された村や町を訪ねながら、ユンスンは考え続けた。
やがて蒼騎士が根城にしているというオストラインスブルクまで、さほど日もかからぬ距離までやってきたユンスン。ただならぬ気配を察し気を引き締めた彼の耳に、ある噂が入ってくる。一人の剣士がオストラインスブルクの廃城へと入り、かろうじて生還したという。貴重な情報が得られるかもしれないと期待したユンスンは、彼の下を訪ねることにした。
「……お前は…ユンスンか……?」
思いかけないことに、その剣士はユンスンが英雄として尊敬する人物……成式道場が世に誇る剣客、黄星京(ファン・ソンギョン)であった。ファンが追った傷は深く、立ち上がることすらままならないほどだった。まさか故郷から遠く離れた地でファンに出会えるとは! いや、それ以上に……並ぶものなき手練れであるファンがこのような深手を負ったという事実が、彼には信じがたかった。
ファンはユンスンに語って聞かせた。彼が三度ソウルエッジ捜索の任を与えられ、以前から目を付けていたオストラインスブルクへと向かったことを。表向きは「探索」という名目での派遣ではあった。しかし、一度は「救国の剣」の存在を否定し、謹慎の処分まで受けたファンである。その彼にあえてこの任務を与えることの真意……それはファン自身の判断を尊重し、成すべきことを成せという李舜臣提督からの無言の命であった。
現地に赴き、災厄に苦しむ人々を目にしたファンの判断は素早かった。ソウルエッジはやはり「亡国の剣」であると断じ、その破壊を試みたのだ。
尊敬する兄弟子までもが、ソウルエッジを邪剣と見ている。その事実は少なからずユンスンに衝撃を与えた。だがしかし……それでもユンスンの思いは変わらなかったのである。彼の決心が固いことを知ったファンは、何かを量るような視線をユンスンに投げかけ、じっと考えていたが……やがて一度だけ、深く頷いた。
ユンスンの故国を思う心に偽りはない。以前は精神的に未熟と思える部分もあったが、長旅を経て大きく成長している。その決然たる面構えを見れば、そのことは一目瞭然であった。ファンは考えた。このいくぶん年の離れた弟弟子を一人の志士として認めよう、と。彼もまた知っていたのである。熱意と可能性に溢れた若者を、信ずべき時に信ずることの大切さを。
ソウルエッジについて知りえたことを事細かにユンスンへと伝えたファンは、厳しく警告する。心せよ。呪われた地オストラインスブルクには未知の危険があふれている、と。そしてその事実を語った……。そう、ユンスンが一つだけ解せなかった事実、すなわちファンが敗れたという相手のことである。驚くべきことに、その相手は一人の女剣士だったという。しかも、彼女はファンを打ち倒しながら命を取ることはせず、あえて見逃したのだという……。
「彼女もまた、弱きものを護るために戦っていた……あれはそういう目だ」
すべてを語り終えたファンは、最後にユンスンを勇気付けるように微笑むと、こう言った。
「誰のものでもない、お前自身の答えを見つけてこい」
これ以上なく力強い一押しを背に受け、ユンスンはオストラインスブルクへと乗り込む。自身の力だけを頼りに、その運命を見極めるために! |