『汝が終りえないことが、汝を偉大にする』
……ゲーテ「ハーフィズの書」

 この力なら、必ずや我が呪われた生に終止符を……!

 双極の剣からあふれ出す力の奔流を前にザサラメールは確信した。ただただ生と死を繰り返す、無限の輪廻という呪縛からついに逃れられるのだ。霊剣と邪剣が引き起こした巨大な力の奔流が絶境の大聖堂を崩壊へと導く。その余波はあらゆるものを飲み込んでいった。転生者ザサラメールとて、その例外ではない。

 ソウルエッジが持つ、太古からの記憶。数多の魂の叫び。ソウルキャリバーが持つ、使命の記憶。霊剣を守護する一族。数知れぬ歴史の英雄達……。ほとばしる流れに精神を砕かれながら、ザサラメールは二振りの剣に宿る記憶をさかのぼっていった。そして、彼は知ったのだ。霊剣が生まれた理由。その本来の性質。そして、英雄王と呼ばれた男の一生……。

 ――だがそれも、もはや意味を持たぬこと。

 すべてを手放し虚無の果てへと去り行こうとした、その時だった。雲間からあふれ出した天の光のように、突如として彼の眼前に不思議な幻視が立ち現れたのだ。そこには未知の光景が広がっていた。天に届くかと思える塔の建設。空を自在に飛ぶ鋼鉄の舟。大地を離れ月へと挑む計画と、その達成。そして、神のみが成し得ると思われた生命の創造……。

 それは未来。人類が持つ可能性の結晶だった。

 もはやひと欠片ほどしか残っていなかった彼の精神は、まったく新しい欲求によって引き留められた。すべてを知り尽くしたと確信し、永きにわたって諦念に支配されていたザサラメール。この枯れ果てた心を沸き立たせるものなど、何一つ現れるはずがないと信じていた。だが、未来がこれほどに……これほどに輝いているとは……!
 それは天啓に等しかった。失われて久しかった生への執着が急速に膨張していく。その幻が実現する様をこの目で見たい。その場に居合わせたい。そして……他ならぬ自分こそが、高みへの道を示す導き手でありたい。そう強く望んだ。

 ザサラメールは砕かれたみずからの心をかき集め、力の奔流の中で個を確立することに集中した。その周囲で激しい力の流れが怒濤のように荒れ狂っている。ソウルキャリバーとソウルエッジが持つ強大な力を手にすれば、歴史を意のままに導くことも可能であるに違いない……。死するために欲した力は、いまや新たな希望となったのだ。
 双極の力をみずからの意識の内へと引き入れ、我が物としようとした彼だったが……ふと、目の前に暗い淵が広がっているのに気づく。深淵は瞬時にしてふくれあがり、ザサラメールを飲み込もうと急速に迫ってくる……!

 次の瞬間、彼は本能的に力を放棄した。深淵が不気味な吠え声を残しつつ、波が引くようにして消え去っていく。ザサラメールは自分の存在を確立することに専念した。霊剣と邪剣の力を得るという意味では、この機を逸するのはあまりに惜しい。だが、まずは現世界へと戻らなければならない。すべてはそれからだった。徐々に力の奔流は収束していき、幻も薄らいでいく。最後の瞬間、彼は久しく忘れていた感情――憧憬をもって、その光景を目に焼き付けた。

 ……足が地面を捉えた。辺りを見渡したザサラメールは、自分が荒れ果てた大地に立っていることを認める。おそらく、ここが大聖堂が建っていた場所なのだろう。何もかも、跡形もなく崩れ去っていた。霊剣も邪剣も見あたらない。ナイトメアとジークフリートがいずこへ去ったのか、それも分からぬ……。

 ――両者の行方を探らねばなるまい。

 だが今の彼にとって、それは苦とも思われなかった。茫漠とした荒野を見回し、長い息をつく。すべてはこれから「始まる」のだ。長い間……本当に長い間、味わうことのなかった感覚だった。目を閉じれば、あの光景が浮かび上がってくる。未来の存在が確たる実感として感じられる。それを今一度確かめると、彼は静かにきびすを返した。そこには死を望む男はもういなかった。

 

 一時的に時間感覚を失っていたザサラメールだったが、市井の時の流れに浸るうち、あれから数日しか経っていないことを知る。精神が落ち着きを取り戻すと、霊剣と邪剣、それぞれの霊圧も感じ取ることができるようになった。いずれも凄まじいほどの高ぶりを見せている。再び激突するまでに、そう時間はかかるまい……。

 彼はあの深淵を思い出していた。もしもあのまま淵に呑まれていたなら、自分は……自分であって自分でない存在へと変化していただろう。間一髪、危機を免れたものの、その恐怖は並大抵ではなかった。だが一方、霊剣と邪剣の性質を間近で観察し理解することができたのは大きな収穫だ。その知識をもってすれば……今度こそソウルキャリバーとソウルエッジを意のままに操ることができるに違いない。

 しかし、そのためには排除しなければならない存在があった。力の奔流の中で垣間見たあの男……霊剣の奥底で眠りから目覚めた、強大な力と意志を持つ存在。霊剣と邪剣とを統べるに足る力を持つ者。
 「霊剣を守護する一族」の出身である彼は、その正体を知っていた。英雄王。伝説上の人物とばかり思っていたその男が、よもや実在しようとは。そしてまた、彼は気づいていた。「剣の力を知る一族の者は、決して霊剣を握ってはならない」……彼が一族から追放されるきっかけともなった戒律の、真の意味に。一族の者達は、霊剣が悪用されることを危惧したばかりではなかったのだ。彼らは、王に近しい一族の者達が霊剣を握ることで、封印された英雄王の魂が呼び起こされてしまうことを恐れたのではなかったのか……?

 ――面白い。

 それほどの存在、我と我が野望の前に立ちふさがるにふさわしい。永劫の時をかけた壮大なる我が道行き。その礎としてくれよう。影から歴史を操り、世に進歩を促し、そして人類を時の彼方へと導くこと。それこそが我が望み。すべては、輝ける未来のために……。


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